「グッドバイブスご機嫌な仕事」を読んで(1~3章)

グッドバイブスご機嫌な仕事」を読んでる途中に、感じたことを書き残します。

「しあわせに程度などない」と聞いて、怖くなった

本から「しあわせに程度などない。完全無欠のしあわせな人生が必ずある!」と言われました。
私の中にプンすかタヌキがいたら、こう言い返していたでしょう。
「完全無欠のしあわせなんてあるもんか!勝手なこと言ってんじゃない!」
私の中に臆病インコがいたら、こう言い返していたでしょう。
「完全無欠のしあわせなんて想像したことなかった‥それは本当に許されるの‥?」

完全無欠しあわせとは、つまり、少しのしあわせや、ときどき感じるしあわせでは決して満足しない、という事だそうです。怖い‥。

私は正直、人生の中でしあわせと感じれる瞬間がほどほどにあれば良いと思っていました。また、同世代の友達より良い暮らしをしている、あんまり働かなくても良い給料が貰えてる方って、考えていた節もあるように感じます。なのに‥それを「完全無欠」‥とな?
私は人生で、しあわせ以外の全てのものを含めても、「完全無欠」を求めたことがないという事実を発見しました。だから「完全無欠」という言葉に、こんなにも抵抗しているのかもしれません。「完全無欠」は、どこか完璧主義者を思い浮かべたり、スーパーマンのような強いヒーローを思い浮かべたりする言葉で、私とは無縁の言葉だと思っていました‥。が!この本では、容赦なく「完全無欠なしあわせは存在しえて、かつ、誰でも得ることができる、むしろ、もう既にあるから意識を向けなさい」と迫りこんできます‥!

もしかしたら、自分はこの世界の姿を見誤っているんじゃないか?

問いが難しい!(笑) 考えたことないからこそ、何から考えたらいいのか分からなかった。当たり前だと、疑問も沸いてこないんだろうな。

もしこの世界で、しあわせを感じているのが自分ひとりだけだとしたら?

それはとても悲しいです。ゾンビ映画で最後の一人になるぐらいなら、早い段階でゾンビにしてほしいと考えるのは、完全に同意です。そして私が、どんどん人間が減っていくようなスリリングな展開で思い出す小説は、山田悠介リアル鬼ごっこです。もしも自分が佐藤さんであれば、早々に殺されることを選択したでしょう。友達が殺されていくなか、自分だけ逃げ続ける、友達の死と引き換えに自分だけ助かる‥考えただけで苦しい。

震災のときに「何かしなきゃ!」って思わなかった

この本でも触れられてるし、よく語られるストーリーとして、日本人は東日本大震災で変わった!本当に大切なものが分かった!って聞くんだけど、私にはその感覚が1ミリもない。たまたま、震災の日に福島でスノーボードに行ってて、少しだけ震災に巻き込まれたのだけど‥それが影響しているのか‥?

一方で、小学校からの友人が長年付き合っていた彼氏と別れた!という連絡に、仕事に支障を来たすほど話し込み、そのあと1週間、事あるごとに相談乗ったのだけど、あのときは「これは大切な友達の一大事、何かしなきゃ!」と確実に思ったし、仕事に影響が起きても全く後悔しなかった。身近な人には、悲しみが無くなればいいと願う感情は働くけれど、「ひとつ意識」で語られる日本、地球、宇宙にまで拡がってくると、全く想像できないし、他人事みたいに感じる。

分離する創造:両親は私を創造した?

分離する創造
「創り手」と「創られたもの」が別の存在になる、「創り手」から「創られたもの」が分離していくように見える。

広がる創造
自分自身を拡張しながら創ることで、「創り手」と「創られたもの」が「同じ存在」になる。

宇宙の原初の点と私が同じ存在‥、宇宙が私?私が宇宙‥?これはあまりイーメジがつかないけれど、両親の細胞(?)という種(点?)を拡張させたものが私で、血が繋がってるとか、DNAとか‥、ややこしい話抜きで、両親の一部を拡張させながら拡がってる存在が自分なんだぁって感覚はイメージつく気がする。そして少し嬉しい。

本を読むことも創造

「全ての仕事は、新しいことを創造してる」これを聞いて、いま本を読むという行為も仕事かも?と思った。だって、この知識はいつか身近な人や自分が悲しい気持ちになったとき、私の言葉に重みを与えてくれたり、選択肢を増やしてくれたりするから。また、近頃はブログにアウトプットすることで、インターネットの海にそっと漂わせてるので、顔も見たことない誰かの役に立っているかもしれない。
確かに何も考えず読書するより、いつか‥でもいいから、誰かの役に立つことに繋がる行為だ!って考えるだけで、気持ちいい。

仕事の目的は「この世界全体のしあわせの総量を増やすこと」

良い言葉。「世界のしあわせに貢献できた」という実感。

それぞれの仕事(自分のできること)を交換することによって、お互いに相手の人生に貢献しあってる。仕事以外にも、お土産を渡すこと、プレゼントを渡すこと、悩んでる人の傍にいること。クラウドファンディングはお金を渡して見返りを求めてるように見えるけど、しあわせを交換する行為だなと考えていて、自分のお金は誰かのために使って、誰かのお金は自分のため使ってもらって、数字だけ見れば同じ金額を使っていたとしても、しあわせの総量が増えてるなぁと感じます。

そして「風が吹けば桶屋が儲かる」ように、私は私の周りの人が笑顔になることをしてたら、きっと地球の裏側の人もしあわせになってる。世界中の人が周りの人のしあわせを考えていれば、しあわせの総量が増えるよなぁと考えたりする。


ひらめきラジオを聞きてて知った、倉園さん。想像以上に壮大な本になりそうだぁ。本の内容が基本、問いかけ系なので、思考が深まります。

dropope

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